
「GemRate」のユニバーサル・プロピュレーション・レポートによると「1989 UPPER DECK」のケン・グリフィー・ジュニア外野手(シアトル・マリナーズ)のルーキーカード(RC)が、PSA、BCG、SGC、CGCのグレーディング鑑定各社が鑑定した枚数が合計で200,302枚となり、20万枚の大台を突破した。
20万枚が鑑定されたのはスポーツカードでは初めてとなった。
PSAが約137,000件を占め、次いでBCGが42,000件以上、SGCが18,700件以上、CGCは2,300部以上をグレーディング鑑定した。そのうち、「GemRate」が「GEM」レベルのグレードと分類するのは全体の3.7%、7,509枚になる。その中には「PSA10」が4,375件、含まれている。
最も多いのはグレード8で、62,000枚以上、全体の31.1%を占めている。約44,000件が9の評価を受け、23,859件が7の評価を受けた。
これらの数字は、グリフィーのカードの人気の高さを証明するもので、1980年代後半に製造された、最も認知度が高く、購入された野球カードのひとつとして、輝く存在となっている。
「1989 UPPER DECK」はUPPER DECK社の初の野球カードで、現代のカトレーディングカードの外観や生産品質に対する期待を変えるきっかけとなった。。光沢のある表・裏面、両面にカラー写真、そして偽造を防ぐためのホログラムを使用していた。パックは競合製品よりも価格が高くなっていた。その中でグリフィーのルーキーカードはカードナンバー#001だった。
実は、グリフィーはこのカードが企画された時点で、まだMLBの試合には出場していなかった。UPPER DECK社の若手社員でマリナーズファンだった、トム・ガイデマンさんが、この高く評価された有望選手を会社の最初の野球カードのチェックリストの1番目に据えるように計画。元になった写真では、グリフィーがマイナー・リーグのサンバーナーディーノ・スピリットのユニフォームを着ており、これをCG加工した、という。
グリフィーの起用は「先見の明」として証明された。グリフィーは1989年4月3日にシアトルでのオークランド・アスレチックス戦でメジャーデビューを果たし、初打席でデイブ・スチュワートから二塁打を記録した。その後、630本塁打を放ち、10回のゴールドグラブ賞を受賞し、2016年には野球殿堂入りを果たした。
また、グリフィーの起用はUPPER DECK社は複数の競合カードメーカーに対して、優位に立った。DONRUSS、FLEER、BOWMANはその後の1989年の製品にグリフィーを収録し、TOPPSとSCOREは年末の追加セットまで、カード起用を待っていた。UPPER DECK社のRCが他社のカードより数か月間、ファンやコレクターの思いを独占していた。
20万枚を超えるグレーディング鑑定数は、このカードの知名度と当時の時代背景の反映によるもの、ともいえる。グリフィーの選手としての可能性を認め、UPPER DECK社のカードのプレミア性も認められた。以前の世代の野球カードと言えば、輪ゴムでまとめられたり、自転車のスポークで使われたりすることがよくあったが、グリフィーのRCはパックから直接、保護用のホルダーに入れられた。
野球だけでなく、トレーディングカードを収集する人々は確実に今後も増加し続ける。トレカも毎年、膨大な供給がある。それでも、多くのコレクターが他のスポーツカードには到底、及ばない数でグリフィーのUPPER DECK社のRCをグレーディング鑑定に出し続けている。

グリフィーは他社のRCも多く、鑑定されている。「1989 TOPPS Update」は9月14日の時点で116,068枚、「1989 FLEER」は95,364枚、鑑定された。「Gem Rate」によると、UPPER DECK社のRCと合わせ、鑑定されたグリフィーのカードでトップ3となっている。
RCに限らず、グリフィーはスポーツ選手として鑑定されたカードの総数がマイケル・ジョーダン(NBAシカゴ・ブルズなど)と大谷翔平投手(MLBロサンゼルス・エンゼルス、ドジャース)に次ぐ、3位にランクされている。
Cove(ライター)
元スポーツ紙ライター。国内外のコレクションアイテムを収集して30年あまり。ボブルヘッドのコレクションが自慢で日本唯一のボブルヘッドライター(自称)としてテレビ出演も。最近はトレカだけでなく、米国のリサイクルショップを回り、地元のアマ、プロチームの中古Tシャツ集めにはまっている。





























