MLBでもNPBでも選手の登場曲は胸が高鳴る。とりわけ、クローザーの登場曲はスタンドが盛り上がるものである。MLBならマリアーノ・リベラ(ニューヨーク・ヤンキース)の「エンター・サンドマン」(メタリカ)、トレバー・ホフマン(サンディエゴ・パドレス)の「ヘルズ・ベルズ」(AC/DC)、そして、上原浩治(ボストン・レッドソックス)の「サンドストーム」(ダルード)は曲を聴いただけで、その投球ぶりさえ、思い出される。格闘技の登場曲に通じるものがある。
今季のMLBで話題になっているのが、エドウィン・ディアス(ニューヨーク・メッツ)の登場曲である。8月27日の対コロラド・ロッキーズ戦で登板数は50試合に到達。160キロを超える剛球で防御率は1点台。シアトル・マリナーズで73試合に登板し57セーブをあげた2018年には及ばないが、圧倒的な投球内容を見せている。
2年連続4度目の30セーブに王手をかけた、9月1日の対ロサンゼルス・ドジャース戦。9回に、本拠地シティ・フィールドのブルペンからマウンドに走るディアズの登場がいつも以上に盛り上がった。ディアスを送り出す登場曲「ナルコ」が、オリジナルの演奏者であるティミー・トランペットによって生演奏されたのである。
低音が効いたビートをバックに勇ましく、時に哀愁さえ漂うトランペットの音色はまるで闘牛士のテーマソングのようだ。ディアスは三者凡退に抑え、スコア2-1の勝利に貢献。ナ・リーグの東西で首位を走る2チームの対戦はリーグ優勝決定シリーズの前哨戦と言われ、前日の敗戦から3連戦の勝ち越しにつなげる価値あるセーブでもあった。
「いつもとは違ったね。スタンドのみんなも盛り上がっていた。その様子は本当に楽しかった」とディアスも喜んだ。
豪州出身のティミー・トランペットこと、ティモシー・スミスの演奏する「ナルコ」はオランダのDJデュオ、ブラスタージャックスがプロデュースした一曲。「ナルコ」はディアズが2018年に自身で選んだ。よりラテンアメリカの要素を取り入れた曲に変更したため1シーズン限りの使用だったが、ディアズの妻のひと言で20年には「ナルコ」に戻し、現在に至っている。
そのブレークぶりに、ぜひ、大一番で球場での生演奏を、と企画されたのだが、実はティミーは野球のルールを知らなかったし、球場に足を運んだこともなかった、という。
「音楽のフェスティバルのようだった。ワールドクラスのアスリートがピッチで走るインスピレーションとして私の歌を使ってくれることは、信じられないし、大きな名誉です。ディアズはとてもプロフェッショナルで、どんな曲でも似合うのに私の曲を選んでくれた。そして、メッツのファンをはじめ、この曲をプレイリストに追加して、サポートしてくれたみなさんにはとても感謝しています」とティミー自身も感激。
ティミーは前日、シティ・フィールドを訪問。ディアスと交歓し、サインボールとカスタムメードされたユニホームをプレゼントされた。始球式も行い、トランペットを手にディアスの登板に待機していたが、チームは敗れ出番はなし。シンガポールでの結婚式のために1日限りの企画だったが、日程を変更し滞在を1日、延ばして、夢のコラボが実現した。
この生演奏がトレーディングカードになった。TOPPS社のオンデマンドカード「Topps Now」がカードにした1枚は、まるで、勇ましい音色が聞こえてくるような熱い1枚である。ティミーのサイン入りの色違いパラレルも販売され、完売してしまった。ディアスが映っていないのに、この人気ぶりには驚いた。
ティミーは試合後、約束した、という。「ディアスがワールドシリーズで勝利を収めるのを見るのが待ちきれない。私はそのためにここに戻ってきます」。その日はまもなく、やって来る。
Cove(ライター)
元スポーツ紙ライター。国内外のコレクションアイテムを収集して30年あまり。バブルヘッドのコレクションが自慢で日本唯一のバブルヘッドライター(自称)。トレカはレギュラカードのコンプリと日本人メジャーが中心。